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東京高等裁判所 平成4年(ネ)101号 判決

第三四五六号事件控訴人・第一〇一号事件附帯被控訴人(以下「控訴人」という。) 株式会社朝日新聞社

右代表者代表取締役 中江利忠

右訴訟代理人弁護士 秋山幹男

同 久保田康史

第三四五六号事件被控訴人・第一〇一号事件附帯控訴人(以下「被控訴人」という。) 紺野邦夫

右訴訟代理人弁護士 大塚利彦

同 須藤英章

同 井上晋一

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は(附帯控訴に係るものを含む。)第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  控訴の趣旨

(一) 主文第一、二項と同旨

(二) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  附帯控訴に対する答弁

主文第三項と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

(一) 控訴人は、被控訴人に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六二年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 控訴人は、被控訴人に対し、別紙(一)謝罪広告記載のとおりの謝罪広告を別紙(二)謝罪広告掲載要領記載の方法で控訴人発行の「朝日新聞」に掲載せよ。

3  訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

次のとおり加除訂正するほかは原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四丁裏三行目の「幹事」を「監事」に改める。

2  同七丁裏三行目の「同理事長は」の次に「当初、」を加える。

3  同四行目の「売るごとく短期の」を「売るごく短期の」に改める。

4  同六行目の「決算表に」の次に「買い込んだ株を」を加える。

5  同一三丁表六行目の「ここ数年」を「この数年」に、「土地を購入し」を「土地購入を」にそれぞれ改める。

6  同一五丁裏七行目の「例のない」を「例がない」に改める。

7  同一六丁表一〇行目の「これら」の次に「の」を加える。

8  同二〇丁裏三行目の「紺野」の次に「邦夫」を加える。

9  同二一丁裏六行目の「ころ」を削る。

10  同二二丁表五行目の「昭和大学理事長紺野邦夫」を『昭和大学理事長紺野邦夫』」に改める。

11  同二四丁表七行目の「控えるべきだ、と」の次に「の」を加える。

12  同三四丁裏五行目の「同年」を「昭和」に改める。

13  同三九丁裏七行目から八行目にかけての「しらない」の「ら」を削る。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  原判決の四二丁表二行目から四八丁裏末行までを引用する。

(但し、次のとおり付加及び訂正する。)

1  原判決四二丁表八行目の「中には」の次に「『」を、「取り立てる」の次に「』」をそれぞれ加える。

2  同四二丁裏二行目の「同理事長は」の次に「当初」を加える。

3  同三行目の「売るごとく、短期の」を「売るごく短期の」に改める。

4  同四行目の「六」の次に「十」を加える。

5  同五行目行頭の「に」の次に「買い込んだ株を」を加える。

6  同七行目の「の東京本社版、」から八行目の「名古屋本社版」までを「夕刊」に改め、同行目の「掲載されたこと」の次に「(但し、大阪本社版及び西部本社版を除く。)」を加える。

7  同四三丁表一〇行目の「同大学が財政危機になっている旨」を「同大学の財政状況が巨額の負債のために悪化しており、その原因がずさんな財務管理にあるかのように」に改める。

8  同四四丁裏末行の「本件〈3〉記事は、」から同四五丁表二行目の「続報であって、」までを次のとおり改める。

「本件〈3〉記事及び〈4〉記事の主要部分は、『昭和大学では、理事長が、理事会の承認なしに独断で、三四億円もの多額の経費を使つて株売買を行っていることが判明し、大学の資金運用の域を大きく踏み外しているとして理事長に辞任が勧告され、理事長は辞任した。』というものであり、」)。

二  1 昭和大学における有価証券取引の経緯と右事実発覚後の顛末について

証拠(〈書証番号略〉、原審における証人丸山裕之、同石井淳一、同川上保雄、当審における証人内村良英、同新谷博一、〈書証番号略〉の一部、原審及び当審における被控訴人本人の一部)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  昭和大学においては、昭和五八年五月二七日、日興証券自由が丘支店との間で取引口座が開設され、有価証券取引をするようになったが、それ以前における資産の運用は、銀行の定期預金、外貨預金、NCD(自由金利の譲渡性預金)、MMC(市場金利連動型預金)等元本保証のあるものに限られていた。

日興証券自由が丘支店との間で取引を開始するようになったのは、当時昭和大学の総務担当理事であった被控訴人が昭和五二年ころから個人で同支店との間で株の取引を行っていたことから、被控訴人が同支店を紹介したことによる。当時の理事長は川上保雄、財務担当の理事は石井淳一であったが、被控訴人は、日興証券自由が丘支店との間で有価証券の取引を開始することについて、理事長や理事らの承認を得ず、財務部長であった丸山裕之に対し、右取引を行うことについて理事長や他の理事には内密にするよう口止めした上、自ら指示して右取引を開始した。

取引口座の名義は、当初、「昭和大学理事長川上保雄」とされたが、昭和六〇年八月一日、被控訴人が昭和大学の理事長に就任したことに伴い、口座の名義も「昭和大学理事長紺野邦夫」と変更された。

そして、昭和六一年五月二九日には、日興証券五反田支店にも取引口座が開設され、同支店との間でも取引が開始された。

(二)  日興証券との有価証券取引の概要は、別紙(三)のとおりであるが、被控訴人が理事長に就任する前の時期の取引は、債券及び転換社債が主であり、取引高も一二億円台にとどまった。この時期には、昭和五八年九月から昭和五九年一月にかけて株式の信用取引が三回行われたほかは、株式の取引は行われなかった。

しかるに、被控訴人が理事長に就任した後の取引について見ると、昭和六一年三月までは債券の先物取引を中心に取引高も一六五億円と急増し、昭和六一年四月以降は株式の取引が八割を超え、取引高は一年間で二三五億円に上り、被控訴人の取引が発覚する直前の昭和六二年四月から五月までの取引は、株式を中心に取引高もわずか二か月で一〇七億円に達した。これを昭和六〇年八月以降の投下資金の推移で見ると、昭和六〇年七月の五〇〇〇万円と対比して、昭和六〇年一二月四億、昭和六一年三月一〇億、昭和六一年六月一六億、昭和六一年九月一六億、昭和六一年一二月二二億、昭和六二年三月三六億と増加し、昭和六二年五月には四三億円に上っている。同月の投下資金が急増したのは、同年四月末に株価が暴落したため、評価損を挽回しようとして買い入れたものと推測される。

次に、取引の種類及び態様を見ると、金融商品としてはリスクの大きい債券先物、外国株式が多数(別紙(三)のとおり、債券先物は、昭和六〇年八月から昭和六一年三月までの取引金額の約八割を、外国株式は、昭和六一年四月から昭和六二年三月までの取引金額の約四分の一、昭和六二年四月から五月までの取引金額の四割強を占めている。)購入され、昭和六二年四月から五月までの取引中には、国際証券や坂田のタネのような二部上場会社の株式も含まれており、取引期間も一週間以内のそれが七割以上を占める等総じて投機性の高い取引内容となっている。

そして、以上の取引を年度末の有価証券保有高の推移で見ると、昭和五九年三月三一日一八五七万円、昭和六〇年三月三一日五九三三万円、昭和六一年三月三一日三億二六三二万円、昭和六二年三月三一日二四億六九八一万円となっている。

昭和六一年度期末の保有高が前年度のそれに比べて急激に増加した理由は、取引量の増大に加え、直前に株価が暴落したため、売却処分を控えていたことによる。

ちなみに、昭和六一年五月に開催された昭和六〇年度の決算承認のための評議員会において、保有有価証券の内訳について質問があったが、被控訴人が「国債が一億、そのほかは、電信電話債券と昭和デンタル株式会社(昭和大学が発行済み株式総数の五三・三パーセントを所有している)の株式などである」と回答したためそれ以上の追及はなされず、被控訴人を除く昭和大学の理事及び監事は、昭和大学が債券先物等の投機的な有価証券取引を行っていることに気がつかなかった。

最後に、昭和大学が行った有価証券取引の損益は、最終累計で約二億円の利益となったものの、昭和六二年度六月六日時点における保有有価証券の評価額は約四億七五〇〇万円であり、これらを実際に処分した結果は、約四億九五〇〇万円の損失となった。ちなみに、右の利益は、約四年間にわたり購入高で約五二一億八四〇〇万円の、売却高で約四八四億九六〇〇万円の取引をした割には低額なものである。なお、青山監査法人が昭和六二年六月一九日に昭和大学財務関係調査委員会等に提出した中間報告によると、同大学が日興証券に対して支払った株式等の購入手数料は五億三五〇〇万円、売却手数料は二億二二〇〇万円で合計すると七億五七〇〇万円になっている。

(三)  そして、昭和六二年五月二〇日、昭和六一年度の決算の監事監査に際し、有価証券の保有高が前年度末の三億二六三二万円から二四億六九八一万円に膨れ上がっていることから、被控訴人が他の理事や監事の承認を得ずに株式等の取引を行っていたことが発覚し、同日付けの監査報告書において、監査意見として、「多額の株券を理事長が独断で購入していたこと」、「理事長は、財務担当理事に諮らず、理事会、評議員会の議を得ることもなく寄附行為二三条に違反した。」との指摘がなされた。

なお、口頭指導として、手持ちの株券を即刻売却するようにとの勧告がされた。

右の監査意見に従って、翌二一日から二五日にわたり新谷財務担当理事が中心となって緊急の調査が行なわれたが、その結果、次のことが新たに判明した。すなわち、

(1) 昭和六二年三月三一日現在保有の有価証券の内容は、取得価額より五月現在で下落しているものが多いこと、

(2) 被控訴人が他の理事、監事らに何の協議もなく、むしろ、財務部関係職員に対し、口止めをして、独断で、学内において、株式の売買をかなり大規模に行っていたこと、

(3) 当時の財務部長及び公認会計士は、中止を進言、勧告していたこと、

(4) 昭和六二年四月一日以降においても株の売買を行い、五月二〇日現在において、保有高は約四五億円に達しているのみならず、株式の種類はきわめて投機性の高いものであること。

(四)  以上の調査結果を踏まえて、昭和六二年五月二五日、新谷財務担当理事と石井理事(学長)が被控訴人に面談し、真相の説明を求めたところ、被控訴人が右事実関係を認めたため、新谷財務担当理事は、被控訴人に対し、臨時理事会の開催を要請し、同日夜臨時理事会が開催された。冒頭、被控訴人は、他の理事、監事に相談せずに株式の取引を行ったが、これは寄附行為に違反することを認め、皆の意見に従って身を処する旨表明したが、出席した理事会全員が辞任やむなしとのことであったので、理事長及び理事の職を辞任し、全員異議なくこれを承認した。

被控訴人は、同年六月四日、医学部長の職を辞したが、医学部教授の職については、辞職を拒んだため、六月二九日、同年七月三一日付けをもって制裁解雇する旨の処分を受けた。

ところで、〈書証番号略〉の各記載中並びに原審及び当審における被控訴人本人の各供述中には、川上理事長時代の有価証券取引及び自分が理事長に就任した後、自ら取引を手掛けるようになった昭和六一年三月以前の取引は財務部長であった丸山が行ったものであって、自分は関与していないし、右取引を内密にするよう口止めしたこともない旨の部分がある。

確かに、〈書証番号略〉によれば、被控訴人は、昭和大学と日興証券との間の国債先物取引口座設定約諾書が作成された昭和六〇年一〇月一九日には海外出張中であったことが認められるし、〈書証番号略〉及び原審における証人丸山裕之の証言によれば、被控訴人が取引を手掛けるようになって以降は、取引の記録を残すため、ファックスやコンピューターを使用するようになったことは、丸山財務部長の認めるところであるが、他方、〈書証番号略〉並びに原審における証人丸山裕之及び同石井淳一の各証言を総合すれば、前者については、被控訴人の海外出張前に予め指示をうけていた日興証券自由が丘支店の担当者が右約諾書を持参して丸山財務部長に対しその趣旨を伝え、丸山財務部長が理事長印を預っていた石井財務担当理事を言いくるめて理事長印を押印させて作成されたものであることが認められるし、後者についても、ファックスやコンピューターを使用するようになったのは、取引の量が急激に増加したため、手作業では追いつかなくなったことと証券会社との間でトラブルが生じることを予防することに主眼があるのであって、逆に、丸山財務部長は、取引の記録が他の人の目に触れないよう、ファックスによる受信は、極力自分で受け取るほか、取引記録は二枚目から送るよう日興証券に指示し、コンピューターについては、使用後、フロッピーを抜き取るというような配慮をしていたことが認められるのである。

そして、証拠(〈書証番号略〉、原審における証人丸山裕之、当審における被控訴人本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、丸山財務部長は、被控訴人から口止めさせ、被控訴人の昭和大学における地位及び権勢をおそれてそれに従ったこと、しかし、丸山財務部長は、被控訴人が国際先物取引を始めた昭和六〇年一〇月ごろ、不安にかられ、部下の財務部経理課課長補佐奥山隆志の進言もあって、同大学の顧問公認会計士である青木清に相談したところ、同人が被控訴人に対して投機はいけない旨注意をした。それにもかかわらず被控訴人が株式等の取引を続けていたので、丸山財務部長は、昭和六一年秋にも、右青木とともに、被控訴人に対し、株式の取引の中から一つでも損失を出せば背任となるので、株式取引をやめて欲しい旨の諌言をしたが、被控訴人は、それを聞き入れようとしなかった。丸山財務部長は、昭和六二年四月下旬には、後任の財務部経理課次長平信夫とともに決裁を求めに行った際、被控訴人に対し、株のことについて財務担当理事に取引経過を報告したい旨を述べたが、被控訴人から、まだ報告しないように言われたことを認めることができる。その上、被控訴人の主張するとおりとすると、本来このような取引を行う権限を有しない(昭和大学の対外的取引についての決裁権限については後述2のとおりである。)にもかかわらず、このような取引をした丸山財務部長については、財務担当の職員として極めて重大な任務違反行為があったといわざるを得ず、右事実の発覚により相応の処分を免れないはずであるのに、昭和大学が同人に対して、制裁処分を課した形跡はないことに照らしても、〈書証番号略〉の各記載部分並びに原審及び当審における被控訴人の本人の各供述部分はにわかに採用できない。

かえって、〈書証番号略〉と〈書証番号略〉を対照すれば、被控訴人は、昭和六一年四月一日以降、それまで預金・現金有高日報(経常部)の通知預金欄に記載されていた「日興証券(自由が丘)」の項目を削除したことが認められ、日興証券との取引が他の理事(ことに財務担当理事)の目に触れないように工作した節が窺われる上、〈書証番号略〉によれば、昭和六一年度の決算における有価証券の評価減を隠蔽するためと推測されるが、昭和六二年三月三一日に手持ちの富士通ワラント(ユーロードル建)を買戻条件付きでキューピータマゴ株式会社に六億四六〇〇万円で売却し、二日後の四月二日に六億五〇〇〇万円で買い戻したことが認められ、決算操作まがいのことまで行っているのである。

また、昭和大学の有価証券取引に関する振替伝票中、〈書証番号略〉には、すべて被控訴人の承認印があるのに、〈書証番号略〉には、川上理事長の承認印がないことに照らせば、昭和六一年三月までの取引も被控訴人の指示によるものと推認される。

なお、預金・現金有高日報の一部(〈書証番号略〉)及び有価証券取引の計算書(〈書証番号略〉)には、川上理事長又は石井財務担当理事の各承認印があるが、〈書証番号略〉並びに原審における証人丸山裕之、同川上保雄及び同石井淳一の各証言によれば、丸山財務部長は、川上理事長及び石井財務担当理事に対しては、被控訴人に頼まれたなどと告げただけで日興証券との有価証券取引については全く説明をしないままいわゆる盲判を押させたことが認められるから、これらの承認印があることをもって川上理事長及び石井財務担当理事が日興証券との有価証券取引を承認していたと見ることはできない。また、昭和大学の有価証券取引に関する振替伝票中、〈書証番号略〉には川上理事長の承認印があり、日興証券と有価証券取引を開始するに当たっては、口座設定約諾書に川上理事長が押印しているはずであるが、〈書証番号略〉並びに原審における証人丸山裕之及び同川上保雄の各証言によれば、昭和大学においては、理事長の決裁印を要する書類は一回につき編み篭三つ分もあったので、川上理事長は、丸山財務部長から説明のあった書類については、目を通したが、そうでないものについてはいわゆる盲判を押していたことが認められるので、これらの事実も前記認定を妨げない。

2 資産の運用として有価証券取引を行うことについての昭和大学の規制(寄附行為及び経理規定との関係)について

証拠(〈書証番号略〉、原審における証人丸山裕之、当審における証人内村良英、同新谷博一、〈書証番号略〉の一部及び原審における被控訴人本人の一部)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  前記有価証券取引が行われた当時、昭和大学が保有する現金及び預金は、約二〇〇億円に上ったが、昭和大学においては、これを臨時部と経常部とに二分して管理していた。すなわち、このうち約一七〇億円は、臨時部に繰り入れられ、臨時の支出に備えるべき剰余金として、長期間保有すべき性質のものとされ、具体的には銀行の定期預金として管理されていた。これに対し、残り約三〇億円は、経常部に繰り入れられ、いわゆる運転資金として日常の経費の支払に充当すべき性質のものとされた。その内容は、授業料(年間約七〇億円)、補助金収入(約三五億円)、病院収入(月間約一四億円)等であり、新入生の入学金は二、三月、在学生の授業料は五、一〇月、補助金は一二、三月に入金する関係からこの時期の運転資金は増加した。逆に、月の支払は、一〇日(教職員から源泉徴収した所得税等の納税)、二三日(教職員の給料)、月末(購入物品代金等の支払の諸経費)に集中した。

被控訴人は、この運転資金約三〇億円のうち、前記1認定のとおり、四億円ないし四三億円の現金を有価証券の購入資金に当てていたのであるから、授業料や補助金収入にまで食い込む形となり、実際に資金ショートの事態は生じなかったものの、丸山財務部長としては、資金ショートが起きはしないかという懸念を抱いていた。

(二)  昭和大学の寄附行為二三条には、(運用財産たる現金の運用)という見出しの下に、「運用財産のうち現金は、確実な有価証券を購入するか又は確実な金融機関に預託して理事長が管理する。」との、経理規定二三条には、(有価証券)の見出しの下に、「有価証券の取得および処分については、理事長の承認を得るものとする。」との各規定がある。また、寄附行為一一条には、「この法人の業務の決定は、理事会において行う。」との規定がある。

これらの規定の解釈、ことに、「確実な有価証券」とは何を指すかについて、昭和大学において、本件有価証券取引が問題となる以前にこの点について議論がなされたことはなく、従って、これらの解釈を明らかにするような内規や理事会の決議は存在しなかった。

しかしながら、本件有価証券取引が問題となる以前には、昭和大学において有価証券の取引が行われたことはなく、前記1認定のとおり、現金の運用は、銀行の定期預金、外貨預金、NCD、MMC等の元本保証のある預金に限られており、本件有価証券取引が発覚した昭和六二年五月二〇日付けの監査報告書においても、「本件有価証券取引は寄附行為二三条に違反した」旨指摘されたのみならず、同月二五日に開催された臨時理事会においても、出席した理事及び監事は、本件有価証券取引は寄附行為二三条に違反すると考えていた(被控訴人自身がこの事実を認めていたことは、前叙のとおりである。)。

昭和大学は、昭和六二年一〇月一五日付けで監督官庁である文部省高等教育局私学部長宛ての「有価証券問題」等に関する顛末書を提出したが、その中では、「従来、昭和大学の資産の運用は、前記のとおり銀行預金、NCD等元本保証のあるものに限られていたし、確実な有価証券については、予算書及び決算書に正式に計上して理事会及び評議員会の承認を得て実施していたのである。従って、日興証券と昭和五八年五月に、有価証券の取引株に株式取引を開始するに当たっては、当然、理事会及び評議員会の承認を必要としたのである。」と述べ、最後に、「紺野理事長は、理事長就任前の昭和五八年度から株式を含めた有価証券取引を計画し、寄附行為その他の諸規定を無視し、理事会ないし財務担当理事などに諮ることなく、財務担当職員に口止めするなど違法な方法で有価証券取引特に株式について短期売買を投機的に繰り返していたものである。」と総括している。

ところで、被控訴人は、昭和大学の昭和五八年度から昭和六一年度までの決算書には期末時点の有価証券の保有高が計上されていたところ、〈1〉各決算書には、公認会計士による適正である旨の意見が付された監査報告書が添付されていたこと、〈2〉これらの決算書が理事会及び評議員会において、異議なく承認されたことから、本件有価証券取引が昭和大学の寄附行為に違反していないことは明らかであると主張する。なるほど、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、このような事実を認めることができる。

しかしながら、〈1〉の点については、公認会計士による監査意見は、監査報告書の記載から明らかなように、主として、昭和大学の採用する会計処理の原則及び手続が学校法人会計基準に準拠しているか否かの観点から付されているものであるから、これによって、寄附行為違反の有無を論ずることはできない。このことは、昭和六一年度の決算に関する〈書証番号略〉を対比すれば自ずから明らかである。

次に、〈2〉の点については、昭和大学において、前記認定のような大量かつ投機的な有価証券取引が行われていたことが発覚して、問題となったのは、前叙のとおり、昭和六一年度決算の監事監査に際してであったのであるから、それ以前に各決算書が異議なく承認されたことが直ちに寄附行為違反の事実がなかったことの根拠とはならない。

なお、昭和六〇年度決算の承認に際し、評議員会において、期未時点の保有有価証券の内容について質疑が交わされたが、それ以上の追及がなされなかったことは、前記1認定のとおりである。

(三)  次に、支出金の支払については、経理規定一七条一項に「支出金の支払をしようとするときは、当該支払主管部門はその根拠となる支払の内容を請求書等に基づいて検討し、所定の手続を経て支出するものとする。」旨規定されているところ、昭和六一年一〇月一三日までは経理の慣例として一〇万円程度までの支出については所属長の承認と事務局長の決裁(承認)を、一〇〇万円程度までの支出については所属長、事務局長及び総務担当理事の各承認と財務担当理事の決裁(承認)を、一〇〇万円程度を超える支出については所属長、事務局長、総務担当理事及び財務担当理事の各承認と理事長の決裁(承認)をそれぞれ要するものとされていたが、同月一四日から同条の「所定の手続」として内規が施行され、一〇万円以下の支出については所属長の承認と事務局長の決裁(承認)が、一〇〇万円未満の支出については所属長、事務局長及び総務担当理事の各承認と財務担当理事の決裁(承認)が、一〇〇万円以上の支出については所属長、事務局長、総務担当理事及び財務担当理事の各承認と理事長の決裁(承認)がそれぞれ必要とされるようになった(こうして、財務部長には、金銭の支出について何らの決裁権限がない。)

従って、昭和大学として一〇〇万円以上の有価証券の購入代金を支出するには、慣例及び内規に基づく経理手続上は、財務担当理事の承認を得た上、更に理事長の決裁を要することになるが、被控訴人は、本件有価証券取引を行うについて、財務担当理事の承認を得ることなく(むしろ、財務担当理事には内密で)、支払伝票(本件では振替伝票)、検印簿、小切手に押印し、出金手続をした。

3 資産の運用として有価証券取引を行うことにについての監督官庁の姿勢について

証拠(〈書証番号略〉)によれば、文部省高等教育局私学行政課長中林勝男は、昭和六一年一月、読売新聞の取材に対し、学生の納付金に対する依存度が高い私立大学においては、効率的な資産運用を図ることにより依存度を下げる必要があることを認めた上で、「株の短期的売買のような投機的行為は、リスクが大きく、損害を生じた場合、学生の納付金や補助金で埋めるしかなく、教育内容の低下につながりかねない。」として、「法律的には規制の方法はないが、学校である以上投機的運用は慎んだ方がよい。」と述べ、更に、同局私学部長坂元弘直は、昭和六三年四月二八日に開催された第一一二回国会参議院文教委員会において、文部省は、株の売買による資産の運用を認めているのかという議員の質問に対し、「学校法人がその資産をどのように運用するかは、学校法人自らがその責任において判断すべきことであるとしながらも、学校法人の資産は学校法人の教育、研究活動を支える大事な資産であるから、安全性を旨とすべきであり、特に株式投資については、リスクを伴うことから特に慎重に行うよう指導している」と答弁したことが認められる。

三  以上の事実関係の下で、本件〈3〉及び〈4〉記事の真実性について判断する。

1  本件〈3〉及び〈4〉記事の主要部分について

本件〈3〉及び〈4〉記事の主要部分が「昭和大学では、理事長が、理事会の承認なしに独断で、三四億円もの多額の大学の経費を使って株売買を行っていることが判明し、大学の資金運用の域を大きく踏み外しているとして理事長に辞任勧告がなされ、理事長は辞任した。」というものであることは、前叙のとおりである。

そして、前記事実によれば、被控訴人が理事会の承認を得ないで(むしろ、他の理事らには内密で)、昭和大学の経費に充当すべき運転資金を用いて(同大学の資産の運用として)、株の売買に従事したこと、昭和六一年度の決算の監事監査に際して右事実が発覚し、昭和六一年五月二五日に開催された臨時理事会において、被控訴人自身が右株取引が寄附行為に違反していることを認めて、理事長及び理事の職を辞任したことが明らかである。被控訴人が投下した資金の額が昭和六二年三月に三六億円、同年五月に四三億円にも達したことも、前記1認定のとおりである。

そうだとすると、本件〈3〉及び〈4〉記事の主要部分は真実であるというべきである。

2  本件〈3〉記事見出しAについて

昭和大学においても、理事長であった被控訴人が大学の経費に充てるべき運転資金を使用して株の取引を行ったことは、前叙のとおりであるから、この部分は真実といえる。

被控訴人は、この見出しは、前書きや本文に照らして見れば、どう見ても個人の株売買に大学の経費を流用したと読まれることは避けられないと主張するけれども、本件記事の前書き及び本文を通読すれば、本件記事の主要部分は、前記のとおり、被控訴人のした株取引が大学の資産運用の域を大きく逸脱した点を問題にしていることが明らかであるから、この点に関する被控訴人の主張は採用できない。

3  本件〈3〉記事見出しBについて

昭和大学においては、寄附行為二三条の「確実な有価証券」の意義について、理事会等で議論されたことはもとより、その意味を明らかにする決議や内規もなかったことは、前叙のとおりである。

しかしながら、有価証券のうち投機性のあるものが確実な有価証券といえないことは、その語義自体で明らかであるばかりでなく、本件有価証券取引が発覚する以前の資産の運用は、銀行預金等の元本保証のあるものに限られていたこと、昭和六一年五月に開催された評議員会において、保有有価証券の内容について質疑が交わされた際、被控訴人が「国債や電信電話債券が主である」と答弁して、評議員会の了承を得ることができたこと、本件株取引が問題とされた昭和六二年五月二〇日付けの監査報告書において、寄附行為二三条に違反するとの指摘がされたこと、同月二五日に開催された臨時理事会においても、出席した理事及び監事は、被控訴人の行為は同条に違反すると考えていたこと(被控訴人自身もこれを認めていた)、本件有価証券取引に関する昭和大学の公式見解ともいうべき昭和六二年一〇月一五日付けの文部省高等教育局私学部長宛ての報告書中においても、被控訴人のした株取引は寄附行為に違反する旨指摘していることに照らすと、本件〈3〉記事が執筆された当時、昭和大学においては、「確実な有価証券」とは、国債や電信電話債券等の元本保証のあるものを指称し、株式のような元本保証のないものはこれに当たらない、従って、大学の資産の運用として株取引を行うためには、業務の変更として寄附行為一一条により理事会の承認を要すると理解されていたことが認められる。そして、被控訴人が昭和六二年三月に株取引に三六億円を投下したことは、前記1認定のとおりである。

被控訴人は、経理規定一七条三項により理事長の承認があれば重ねて財務担当理事の承認は必要がない旨主張するが、〈書証番号略〉によれば、同条項は、出納責任者-本件でいえば財務部経理課長-が当月発生した債務の支払日を翌月末日とする原則を変えてそれ以外の日にする特別の必要があると認めた場合には、その変更については理事長又は財務担当理事の承認だけでよいとする趣旨の規定であるから、被控訴人の右主張が理由のないことは明らかである。

そうだとすると、被控訴人が理事会の承認を得ることなく、しかも、慣例上及び内規上一〇〇万円以上の支出については承認を得ることを要する総務担当理事及び財務担当理事には内密で、自分の判断だけでハイリスクハイリターンの取引といわれる債券先物取引や投機性の高い株式等の取引を行ったことを「独断で三四億円つぎ込む」と表現したことは、事実に基づく論評として許容されるというべきである。

4  本件〈3〉記事見出しCについて

この部分が本文中の「同日までの石井学長らの調査では、紺野理事長が今年二月から三月にかけて買ったのは東京電力株一一万株(買値で計九億四六七〇万円)、日本電信電話株二〇〇株(同五億八五五六万円)など。現時点でかなりの銘柄が当時より値を下げており、この時点で売却すれば、五億円程度の損失がでるという。」という部分を受けていることは、右記事自体から明らかである。そして、昭和六二年六月六日の時点において昭和大学の保有していた有価証券の評価損は約四億七五〇〇円であり、実際に処分した結果、約四億九五〇〇万円の損失ができたことは、前記1認定のとおりであるから、この見出し部分も真実といって差支えない。

5  本件〈3〉記事前書き及び小見出し部分について

「紺野邦夫理事長(六一)が大学の経費を独断で流用し、」との前書き部分については、被控訴人が大学の経費に充てるべき運転資金を理事会の承認を得ずに、自己の判断で株の取引に使用したことは、前記のとおりであり、経費の支払に充てるべき運転資金を一時的に株の購入資金に使用したことも前記1認定のとおりであるから、これを「流用」と表現することは事実に基づく論評として許されるというべきである。

次に、「紺野理事長は大学の正規の出金手続を経ずに小切手を切っており、」の前書き部分及び「手続き経ず小切手」の小見出し部分については、昭和大学の経理規定上は、一〇〇万円以上の取引については、財務担当理事の承認と理事長の決裁が必要であるのに、被控訴人が株式の購入代金を出金するに当たり、財務担当理事の承認を得ずに(むしろ、財務担当理事に内密で)、財務担当職員に対し、出金手続を行うよう指示したことは、前記1認定のとおりであるから、これらの記事部分はいずれも真実であると認められる。

更に、「投機的銘柄を中心に買うなど」という部分については、金融商品としてはリスクの大きい債券先物や外国株式が多数購入され、二部上場会社の株式も含まれていたことは前記1認定のとおりであるから、この部分も真実である。

最後に、「大学の資産運用の域を大きく踏み外しているとして、」の部分についても、被控訴人のした有価証券取引が寄附行為並びに慣例及び内規に基づく経理手続に違反するものとして、昭和大学で大きな問題となったことは前叙のとおりであるから、この部分も事実である。

6  本件〈3〉記事a部分について

前記事実によれば、被控訴人が昭和大学の理事長として株等の取引口座を日興証券五反田支店に開設したのは、昭和六一年五月二九日ではあるが、被控訴人が同大学の理事長として株の売買を始めたのは昭和六〇年八月であるから、「紺野理事長が株の売買を始めたのは昨年六、七月だった。」との記事はやや正確性に欠けるが、この部分は本件記事の主要部分ではない上、これによって被控訴人の名誉が毀損されたとは到底いえないから、この程度の誤りは問題とならない。

次に、同大学理事長である被控訴人が株等の売買を最も頻繁に行ったのが昭和六二年に入ってからであることは前記のとおりであるところ、〈書証番号略〉によれば、右被控訴人の同年一月一日から同年五月二五日までの各月を通しての日日毎の売買総額は、買いで一〇億円を超えるのは六日、七日、一三日、一四日及び二二日であり、売りで一〇億円を超えるのは二日、六日、一五日、一九日、二二日及び三〇日である。そして、買いでも売りでも最も大きいのは六日である。他方、買いで二億五〇〇〇万円に満たないのは三日、一〇日、一一日、一八日、二三日及び二六日であり、売りで二億五〇〇〇万円に満たないのは四日、一〇日、一一日、一三日及び二九日である。そして、買いで最も少ないのは三日、次に少ないのは一一日であり、売りで最も少ないのは一一日であって二〇〇〇万円に過ぎず最も大きい六日と比べると八三分の一であることを認めることができる。加えて、被控訴人が大学の経費に充てるべき資金を使用して株取引を行ったこと、経費の支払は、月の一〇日(納税)、二三日(給料)、月末(諸経費)に集中するので、運転資金を使用して株の取引を行うためには、経費の支払に支障が生じないようにやりくりをする必要があること、株の決済は一週間以内のものが七割に及んだことは、前記1認定のとおりであり、昭和六一年六月以降の株の売買が一回小口でも数千万単位で、昭和六二年一月以降のそれが一回平均一億数千万円で行われたことは、〈書証番号略〉により明らかであるから、「人件費など月末までに支払う経費を月の初めから半ばまでに流用、一回数千万単位で株を買い、すぐに売って経費を埋め戻していたという。」部分は概ね真実であると認められる。

7  本件〈3〉記事b部分について

被控訴人が「昭和大学理事長紺野邦夫」名義の口座で取引をしていたことは、前記1認定のとおりである。

ところで、被控訴人がした株取引は、昭和大学の資産の運用として、いいかえれば、昭和大学の名において、その計算の下で行われたことは、前叙のとおりであり、川上理事長時代の有価証券取引が「昭和大学理事長川上保雄」名義の口座で行われたことに照らしても、右口座は、昭和大学を指すものというべきであるから、これを「個人名義」と表現することは誤りであり、たとえ昭和大学理事長紺野邦夫にかぎ括弧を付したとしても、被控訴人があたかも自己の利益を図る目的で、自己の名義で株取引を行ったかのような印象を与えかねないという意味で不適切な表現であることは否めない。

しかしながら、本件記事の主要部分が被控訴人のした有価証券取引が大学の資産運用の域を大きく踏み外したことを問題としていることは、記事全体を通読すれば明らかであり、かつ、口座名義の評価を誤ったとはいえ、口座名義は正確に報道されていることを勘案すれば、この誤りにより被控訴人の名誉が毀損されたとまでは未だ評価することはできない。

8  本件〈3〉記事c部分について

昭和大学の慣行及び内規に基づく経理処理上は、一〇〇万円以上の取引については、所属長、事務局長、総務担当理事及び財務担当理事の各承認と理事長の決裁が必要であること、しかるに、被控訴人は、株式の購入代金の出金手続に当たり、財務担当理事の承認すら得ることなく(むしろ、財務担当理事には内密で)、出金をするよう財務担当職員に指示したことは、前記1認定のとおりである。そして、「理事長は自分で出金伝票を切り、」との表現は、誤解をまねきかねない言い回しではあるが、その後に続く「財務担当理事の決裁を経ないまま、事務局員に命じて小切手を出させていた。」との部分と併せ読めば、財務担当理事の承認すら得ずに、理事長の決裁のみで出金手続を行うよう事務局員に指示したことを表現するものと認められるから、この部分の記事は真実というべきである。

9  本件〈3〉記事d部分について

昭和六二年四月から五月までに購入された株式の中に一部上場株式よりも値動きが大きいため、リスクが高いといわれている二部上場の国際証券や坂田のタネの株式が含まれていたことは前記1認定のとおりであるから、この部分も事実といえる。

10  本件〈3〉記事e部分について

昭和六一年度期末の有価証券の保有高が前年度のそれに比べて急激に増加した理由は、取引量の増大に加え、直前に株価が暴落したため、売却処分を控えたことによること、昭和六一年度期末に計上された有価証券の保有高が前年度のそれに比べて急激に膨れ上がったことから本件有価証券取引が発覚し、被控訴人が経費に充てるべき資金を使用して有価証券取引を行っていたことが問題となったことは前叙のとおりであるから、この部分の記述は真実である。

11  本件〈3〉記事f部分について

学校法人が資産の運用として有価証券取引を行うことについての文部省の基本的な姿勢は前記3認定のとおりであるから、「学校法人の財テクについて」の文部省の指針を紹介した記事に誤りはない。

また、昭和大学においても、当初の有価証券取引は、債券及び転換社債が主であり、昭和五九年には単発ではあるが株の信用取引も行われたが、取引高も一二億円台にとどまったこと、しかるに、昭和六一年四月以降は株式の取引が八割を超えるに至り、取引高も一年で二三五億円に上り、被控訴人の取引が発覚する直前の昭和六二年四月から五月までの取引は株式を中心に取引高もわずか二か月で一〇七億円に達したことは、前記1認定のとおりであるから、「同大学でも従来は、国債を数億円保有する程度で、株の売買による利ザヤ稼ぎは行っていなかった。」との部分はやや正確性に欠けるけれども、概ね真実といえる。

最後に、本件記事が執筆された当時、昭和大学においては、株の取引は寄附行為二三条にいう「確実な有価証券」には該当しないから、理事長が単独でこれを行うことは、許されず、株の取引をするには、事前に理事会の承認を必要とすると理解されていたことも前叙のとおりであるから、「もし、株投資に乗り出すとしても事前に理事会の承認を要するという。」という記事も事実である。

12  本件〈3〉記事g部分について

同記事中「石井学長が紺野理事長に兼務している医学部長、教授職を含め辞任を勧告し、……同理事長は勧告通り辞表を提出した」とある部分は、〈書証番号略〉によれば、辞任勧告がなされたのは、理事長と理事の職についてであり、被控訴人が辞したのも理事長と理事の職のみであることが明らかであるから、誤報といえる。

被控訴人が理事長及び理事の職のみならず、兼務している医学部長及び教授職を含め辞任したかどうかは被控訴人の名誉にとって影響がないとはいえないが、この部分は本件記事の主要部分とはいえず、被控訴人が理事長及び理事の職を辞任したことが真実である以上(ちなみに、証拠(〈書証番号略〉、原審における証人石井勤)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件〈3〉記事gが掲載されたのは、昭和六二年五月二六日朝刊の大阪本社版を除く他の本支社版一四版であるが、その東京本社版の配達区域は東京二三区及び横浜市の一部であり、他の大阪本社版を除く本支社版のそれは印刷所に近い一定の範囲であって、控訴人の同日朝刊の総発行部数の約三割に相当する紙面である。同日朝刊の大阪本社版を除く他の本支社版朝刊一三版までの紙面には被控訴人に対する辞任勧告までの事実しか掲載されず、また、大阪本社版朝刊及び右一三版までの配達区域に配達された同日夕刊には、被控訴人が理事長を辞任したと読み得る記事が掲載されている。)、この部分のみを捉えて名誉毀損が成立するということはできない。

13  本件〈4〉記事について

昭和大学における昭和六二年三月末時点での株式等有価証券の保有高が二四億六九八一万円であること、被控訴人が同大学の理事長として同年四月一日以降においても株の売買を行い、五月二〇日現在において、保有高が約四五億円に達したこと、昭和六二年五月には投下資金の額は四三億円に上ったが、これは、同年四月末に株価が暴落したため、評価額を挽回しようとして買い入れたものと推測されること、同年五月現在における保有株式の評価損は約五億円に上ることは、前記1認定のとおりである。

そうだとすると、同記事の前段は事実であり、後段中「大学の経費に大きな穴があく事態になり、」という部分は、いささか誇張された言い回しであり、措辞妥当を欠くと評さざるを得ないけれども、本件〈4〉記事は、本件〈3〉記事のいわば続報ともいうべきものであり、本件〈3〉記事を前提として本件〈4〉記事を読めば、同年五月現在における保有株式の評価損が約五億円に上ることをこのように表現することも事実に基づく論評として許容される限度内であるというべきである。

また、〈書証番号略〉によれば、同大学の理事長である被控訴人が昭和六二年四、五月に株式等の有価証券を購入した金額は一〇七億六二〇〇万円に上り、ここの金額は、昭和六一年度一年間の有価証券の購入金額の四六パーセントになることを認めることができる。この事実に本項冒頭の事実を併せ考えると、「これを埋めようとさらに買いつのって深みにはまったとみられる。」という部分も表現がいささかどぎつすぎるきらいがあるが、内容自体は、事実ないし事実に基づく公正な論評といえる。

四  以上のとおりであり、本件〈3〉及び〈4〉記事はその主要部分において真実ということができるから、名誉毀損は成立しない。

そうだとすると、その余の点を判断するまでもなく、これと結論を異にし、被控訴人の請求を一部認容した原判決は不当であるからこれを取り消し、被控訴人の請求をいずれも棄却し、被控訴人の附帯控訴は理由がないから棄却することとして、訴訟費用の負担について、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 並木茂 裁判官 高柳輝雄 裁判官 中村直文)

別紙(一) 謝罪広告

当社が「朝日新聞」の昭和六二年五月二六日付全国版等において、貴殿が『昭和大学の経費を独断で流用し、大学の正規の手続を経ず、個人名義で巨額の株式を購入して、昭和大学に損失を与えた』などと虚偽の記事を掲載して報道し、当時、昭和大学理事長・医学部長・医学部教授であった貴殿の名誉を著しく傷つけ、かつその地位も失わしめて、取り返しのつかない甚大な被害を被らせたことは誠に申し訳なく、ここに深く謝罪致します。

平成 年 月 日

株式会社 朝日新聞社

代表者代表取締役 中江利忠

紺野邦夫殿

別紙(二) 謝罪広告掲載要領

一 (広告を掲載する新聞名とその発行所)

控訴人発行の「朝日新聞」

二 (広告を掲載する紙面と回数)

朝刊全国版一面下段広告欄に一回

三 (広告の大きさ)

二段抜き

四 (使用する活字)

1 見出し、宛名及び被控訴人の氏名は四号活字

2 その他は五号活字

別紙 (三)、(四)〈省略〉

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